おすぎです。


11日間のクルーズを終え、南極から今日、ウシュアイアに戻ってきました。

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2017年2月16日、念願の南極大陸への上陸を果たしました。上陸の瞬間は雨でしたが、時間が経つにつれて雲が切れて晴れ間が顔を覗かせます。本当に感動的な瞬間でした。

しばらく更新が途絶えてしまったのは、南極にいたからです。


いや、幾らかお金を払えば、クルーズ船のインターネットに接続できたんですけれど、


貧乏旅行者である僕は、そういうところではお金を使うのを我慢して、

ウシュアイアに戻った今、船が到着した港近くのカフェでこのブログを書いているというわけです。


ただ、正直に言って、今回のブログは書くのが難しいなぁと思っています。


それは僕が南極で見たもの、経験したことが、

僕の手持ちの表現力や語彙力では到底現しきれない、本当に素晴らしいものだったからです。

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空の青と、海の青と、雲の白と、氷河の白。それだけのシンプルな世界が、こんなにも色鮮やかであることが信じられませんでした。360度、見渡す限りこの光景がどこまでも広がっている、それが南極というところです。「青」「白」という言葉が実は何も説明できていない、言葉がいかに弱くて儚いものかを痛感せずにはいられない世界、それが南極だということもできるかもしれません。

南極を旅するということや、南極という世界の美しさ、素晴らしさについて何かを語るには

「南極について、僕は決して正確には書けない」

「南極の美しさを、写真に収めることはできない」っていう告白のような、

このとっちらかった感じの文章が、一番誠実でかつ合目的的だろうと、少なくとも今の自分には思われます。

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この写真は少しわかりにくいんですが、「グレーとブルーのコントラストの美しさ」っていうのが南極の特徴の一つかと思います。実はこの氷河、青く光る物質は何も含んではいないそうです。


「南極でも米ドル使えるよ」とか、

「環境省に提出する書類、忘れずに!」みたいなトリヴァルな情報


「南極に連れてってくれたみんなに感謝!!」

「ありがとう!南極最高!!」


みたいな、旅人さんのエクリチュールで書かれる楽しい旅人ブログ調のテクスト


心優しい日本人旅行者の皆さんや、陽気なメキシコ人のルームメイト、

いつもはにかみながら話しかけてくれるアイルランド人のブロンドの女性、

7ヶ国語を操るという、僕と同い年くらいのマレーシア人の男性や、

何かにつけて、声をかけてくれたいろんな国のいろんな仲間たちとの出会いと交流について書くことで、


あるいは、

「もうこれ以上の経験はないやろう」っていう僕の予想を良い意味で、毎日毎日裏切ってくれる、ペンギン、アザラシ、そしてクジラといった野生動物との出会い

について、ドラマティックに書くのも良いかもしれません。


事実最終日、僕が乗る小型ボートにクジラが遊びに来てくれて、
手を伸ばせば届く距離でクジラを見ることができたときは、本当に感動しました。
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少しわかりにくいですが、写真の一番右端で控えめにiphone片手にクジラに見入っているのが僕です。この日クジラと戯れることのできた幸運のゾディアックは三隻。そのうちの一隻に乗っていたのが僕でした。写真は別のゾディアックに乗っていた女性が撮影したもので、クジラを収めたベストショットの一つとして、船内でエアドロップ経由で拡散されまくっていた映像です。

はたまた、

フルコースで供される毎日のディナーや決して乗客を退屈させることのない、船内活動やアクティビティーの数々といったクルーズ船における日常生活のあれこれについて記すことも、

南極に興味がある人や、具体的に南極への旅行を検討している人にとって有益な情報になりうるでしょう。


そして実際にそういったことをありのまま、面白おかしくブログに書き記すことで、

あの素晴らしい体験を一人でも多くの人と共有できたらな・・・っていう気持ちはもちろん僕にもあります。


でもそういう、南極体験のいわば断片を寄せ集めて書いた南極についての文章は、

あそこで経験したいろんなことの素晴らしさを損なってしまうんじゃないだろうか。

そんな気が僕にはするので、


そういったものを迂回して、南極の素晴らしさそのものについてダイレクトに響く文章を書きたいな・・・


って思ってしまうんです。

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人間の慣れって本当に怖いもので、南極活動3日目のこの日、もうすでにペンギンに関してはお腹いっぱいになるくらい見ていたので、何にも考えずにシャッターを切って取れたのがこの写真です。成鳥になる直前の子ペンギン4羽が仲良く日向ぼっこしている映像です。

で、早速前言撤回してしまうのもなんなんですけど、


南極の素晴らしさは、そこにいった人にしかわからないですし、


それを言葉や、それ以外の方法で表現するっていう仕事は、

到底僕には歯が立ちそうにないって言うことを正直に告白しなければいけない、と言うことになるわけです。


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この日は朝から快晴で、雪と氷の美しい風景取り放題の1日でした。(場所はどこだか忘れました)

「南極は一面が雪と氷で覆われた、真っ白な世界でした」


「世界中のいろんな種類の『白』を集めた場所、それが南極でした」


「水面に映る氷山、南極大陸の美しさは思わず息を飲むものでした」


「氷山の青と、グレーの空のコントラストが素敵でした」


「氷山を真っ赤に染め上げる南極の夕日に心が洗われる心地がしました」


「朝焼けに染まる山々には神々しささえ感じました」


「クジラが、僕の乗っているボートに遊びにきてくれました」


「たくさんのペンギンが、僕の足元を走り去っていきました」


「海に漂う氷の上で優雅に昼寝するアザラシを数え切れないくらい見ました」


とまぁこんな感じで、南極での経験について語れと言われればいくらでも語ることができます。


けれど、それは南極について何かを語っているようで、

実は南極について、ほとんど実際は何をも語ってはいないと思うんです。


むしろ、南極的なるものを傷つけ、損なっているとさえ思います。(すみません)

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繰り返しになりますが、曇天では氷河の「青さ」が本当に映えます。このグレーと青のコントラストは本当に幽玄な雰囲気を醸し出します。しかもその世界が水面に映って、完全な上下反転の世界がボートの下に現れます。辺りを包むのは静寂だけ。このまま時間が止まってほしいとさえ思った瞬間でした。


南極では、すべての人が名カメラマンになれます。


適当にカメラを構え、自分の好きなタイミングで適当にシャッターを押せば、

誰でもあの美しい世界の断片を、とても印象的に切り取ることができます。


なんの難しい理屈も理論も必要ありません。


けれど、そうして切り取られた風景の写真は、何かを説明できているようで、

あの空間に流れている何ものをも説明することはできていないと思うんです。

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ペンギンの写真は本当にたくさん取れたんですが、この写真が一番好きです。彼らは何を考えているのか?いつも不思議に思います。

実際僕は今回のクルーズで、本当に数え切れないくらいの写真を撮りましたし、

その全てがベストショットだと言えるくらい、たくさんの美しい映像を、このチープなカメラに収めることができました。


けれど、


それらのどれ一つをとっても、あの雪と氷の世界の美しさをほとんど表現できてはいない、

今はそんな風に思っています。

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今にも崩落しそうな氷柱です。これもそこいら中で見ることができます。時折静寂を破って雷が落ちたような轟音が鳴り響くときがあるんですが、これがテレビなんかでおなじみの、氷河が溶けて海面に崩れ落ちる時の音だと教えてもらった時にはちょっと鳥肌が立ちました。ただ、音が聞こえて来た時にはもう崩落は終わっていることが多いので、その瞬間を映像に収めることは残念ながら叶いませんでした。

僕が乗船したクルーズ船には、生物学者や地質学者といった専門家も複数乗船していて、

クルーズの合間に、南極に関する専門的な講義を開いてくれます。


彼らは地質学者の視点で、あるいは生物学的見地から、

南極がいかに生物多様性に恵まれた素晴らしい場所であるか、

あるいは、この世界を彩る無数の氷河や氷山がいかに美しいかを語ることができます。


けれど、


例えば「多変数解析関数」の、複素平面における振る舞いがどれほど美しくかつ魅惑的であったとしても、


それがこの世界の美しさそのものを表現することができないように、

(岡潔なら、「できる」というのかもしれませんけれど)


彼らの語る言葉もまた、南極について、少なくともその「美しさ」については、


残念ですけど、ほとんど何も表現できていなかったのではないか、と僕には思われるんです。


もちろん、それが彼らの、学者としての価値をいささかも減じるものではない、というのは当然のことです。

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朝日を受けて染まる南極大陸です。印象的な形の二つのピークが淡いピンク色に染まっていく様子はなんとも言えない美しさでした。継時的な色彩の変化が美しかったので、この写真では何ものをも表現できてはいないわけですけれど、あまりに印象的な風景だったので、ここに静止画としてアップしました。

そもそも、あの世界のありようを包括的かつ適切に表現する言語を、おそらく人類は持たないと思います。


あの世界に流れる時間性や空間性、

空気の質感や風の匂い、

水面が氷河に触れる音、

そのどれか一つでも欠けてしまったその瞬間に、

そこで表現されたものは「南極らしきものに関するなにものか」として、

一気に陳腐なものと化してしまうだろうな、と思っています。


このブログのこの文章や写真がそうであるように。


では他にどんな表現方法がありうるのか?

その問いについては、僕にはちょっと答えが見当たりませし、正直想像もつきません。 


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左を南極大陸に挟まれたこの海峡(名前を忘れました。思い出し次第アップします)の美しさはまさに言語を超越していました。肌を切り裂くような冷たい空気、雲間から差し込む太陽、海に映り込む風景。そこをゆっくり進んでいくオーシャンダイアモンド号。全てが透明で神聖な感じさえします。

僕はこれから、世界を旅する中で、数多くの美しいものを見るだろうと思います。


けれど、あの雪と氷の大地以上に美しものを見ることは、今後多分ないだろうな、と

直感的に確信しています。


あの世界は地球上にありながら、地球上に存在するあらゆる世界の例外として存在する世界です。

うまく言えないんですけれど、

南極と地球上のどこかの絶景を比較して論じることは、

例えば「宇宙から見た地球の青さと、奄美大島の海の青さ、どっちがキレイ?」

みたいな、

度量衡が異なる次元に属する両者を比べてしまうような、とんちんかんなものにならざるを得ないだろうな、と思っています。

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こちらは夕日に染まっていく南極大陸です。南極の夕焼けは、本当に燃えるような色に空を染め上げていきます。世界にはこういう「赤」が存在するのか。というのが、(何の感想にもなっていない)感想でした。南極の自然の前では、すべての言語表現が稚拙になってしまいます。どんな作家的天才も、この美しさを表現するのは相当な困難を伴うはずだ。ずっとそんなことを考えていました。

とまぁ、結局のところ、僕が弄している贅言の数々も、

南極については何も語るところのない退屈なものになってしまうんですけど、


先にも書いたように、


「南極については、自分は何もかけない」


っていう告白以上に、説得力のある南極に関する表現の方法を僕は思いつかないので、


「書けない」ということをダラダラと書き続けたこの自己矛盾の文章と、

いくつかの印象的な(けれど実は南極について、ほとんど何ものをも語ってはいない)南極写真をここにアップすることで、


逆説的ではありますけれど、南極の素晴らしさの一部でもお伝えすることができればなぁと願っています。

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21日の早朝、船は無事ウシュアイアに帰港しました。その接岸の瞬間にも、僕がまだ見ない美しい風景が船窓に広がることになっていたとはいくら何でも想像できませんでした。本文中にも書きましたが「もうこれ以上の風景を見ることは叶わないだろう」「もうこれ以上の野生動物との素敵な遭遇はないだろう」っていう予想が、数時間単位で裏切られていくのが南極でした。でもこれが、正真正銘、最後の最後の息を飲む美しい風景です。